妻のことが大好きすぎる夫のブログ

元・女性不信、現・極度の愛妻家が、自らの経験から得た夫婦円満のための工夫や方法をお伝えします。その他鍼灸情報や様々な経験を書いていく雑記ブログです。

【夫婦関係】パートナーと一緒に成長するために必要なこと。『愛は動機』

読んでくださってありがとうございます。

妻のすべてが愛しいと感じるやすさとです。 

 

皆さんのパートナーの行動は、何もかも完璧ですべて大好きですか?

そうなら今回のメッセージはスルーしていただいて大丈夫です。

 

もし、「そうじゃない・直したい」と思っているとしたら、今回のメッセージがお役にたつかもしれません。

 

よろしくお願いします。

 

 

愛する人の手を引くために

 視覚障害者を誘導する人のイラスト(男性)

皆さんは、目の見えない方の手を引いて、助けたことがありますか?

私は過去に、何度かあります。

そのうちの一度は、JRの電車に乗っていた時でした。

 

30代前半の頃、家に帰るために電車に乗っていました。

その日は比較的すいていたため、立っている人はほとんどいませんでした。

ある駅に着いた時、正面のドアが開いたと思うと、見知らぬ女性が盲目の女性の手を引いて、電車に入ってきました。

 

彼女は、私の横が空いていたのを見て、盲目の女性を座らせると、私に

『この人、○○駅で降りますのでよろしくお願いしますね』

と一方的に言ったあと、電車を降りました。田舎の駅は停車時間も短いのです。

「え?あの?」

と、聞き返す間もなく女性はいなくなったので、知らない女性と二人きりで座ることになりました。

手に持った白い杖から、この女性が目が見えないことが想像できました。

しかし、初対面で障がいのある異性だということに加え、突然のことに緊張したのもあり、何を話すこともなく座っていました。

その代わりに座っている間、『目の見えない人』の状態を、目を閉じたりしながら考え続けました。

 

目的の駅に近づいたとき、到着アナウンスが流れました。

「まもなく、○○駅です。○○駅です。お降りの際は足元にご注意ください。」

それを聞いて女性が立ち上がり、杖で地面を軽く叩きながらドアを探し始めました。

私はどうしたらいいかわからず、彼女を見ていました。

 

しかし、○○駅に着く直前に、私は彼女の横へ行って、その腕に自分の腕を組ませました。

「ホームまでで良いですか?」

彼女は最初驚いていたようでしたが、すぐに

「はい、ありがとうございます」

と感謝してくれました。

 

その駅は、ホームにエレベーターもなく、階段まで歩かなければならない上、電車とホームの間には少しの空間があり、子供ならホームに落ちる事もあります。

もし隙間に嵌まって転倒すれば、大ケガをする恐れがあります。

彼女を見ていて「一人で行かせるのは危険だ」と思った瞬間、もう横に立って話しかけていました。

案の定、降り口には少し大きめの隙間がありました。

「隙間があります。少し大きめに踏み出して」

と一緒に歩を合わせて降りました。

「これから階段です。段差少しあります」

「階段、あと二段です。」

「ホームに迎えの人はいますか?」

駅に降り、一言目を話しかけてからは、自分でも驚くほどスムーズに必要な案内ができました。

目が見えない時、何に困るのか?を真剣に考えたからだと思います。

 

改札口を出ると、迎えの人が来ておられたので、頭を下げて別れました。

 

この出来事は、私が「目が見えている」からできたことでした。

 

新約聖書の中にはこのような教えがあります。

ルカによる福音書6章39節

『イエスはまた一つのたとえかたられた、「盲人もうじん盲人もうじん手引てびきができようか。ふたりともあなまないだろうか。』

 

この盲人とは目が見えない人のことです。

目が見えない人が、同じ目の見えない人の手を引いて歩くことはできない。

 

つまり、料理が全くできない私が、料理を他人に教えることはできないということです。

同じように、パートナーを「愛さない」人が、他人にパートナーを心から愛する方法を教えることはできないでしょう。

 

まず、自分から

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聖書

 ルかによる福音書の教えは、続きがあります。

41~42節
『なぜ、兄弟きょうだいにあるちりをながら、自分じぶんにあるはりみとめないのか。
 自分じぶんにあるはりないでいて、どうして兄弟きょうだいにむかって、兄弟きょうだいよ、あなたのにあるちりをらせてください、とえようか。偽善者ぎぜんしゃよ、まず自分じぶんからはりりのけるがよい、そうすれば、はっきりえるようになって、兄弟きょうだいにあるちりをりのけることができるだろう。』

この時代のエルサレムの民に向かってイエス様が教えられたこのメッセージは、

他人の悪いところを指摘する前に、まず「自分の悪いところを直す」ように言われています。 

 

パートナーに対しても同じことです。

 

もし、パートナーの言葉遣いが悪いので、直して欲しいと思うなら、まず自分が善い言葉遣いをする必要があります。

優しくして欲しいと思うなら、まず自分が優しくする必要があります。

自分は変わろうとしないで、他人を変えることは、非常に難しいと思います。

 

これは子供への教育でも同じです。

妻に暴力を振るう父親の「女性を大切にするんだよ」という言葉を、子供が聞くでしょうか?

「言う事と、やる事」が一致していなければ、信じるわけがないのです。

 

そのために、私たちはまず自分が悪いところを直してからでなければ、人に直すよう伝えることはできません。

 

と言っても、私たちは不完全な存在です。

『完全な模範』というのは難しいもかもしれません。どうしても失敗したり、小さな罪を犯すこともあります。

しかし、努力し続けることで、言葉に力を待たせることができます。

努力という「行い」が伴う人の言葉には、力があり、人の心に響きやすくなります。

妻の大好きなフィギュアスケートの『羽生結弦選手』のメッセージなどは、解りやすいかもしれません。 

 

 個人的には松岡修造さんが好きですが。

 

 

一緒に成長するために

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自分の悪い点を直して努力したら、今度は愛を示しましょう。

人は「自分に愛を示す人」、「関心をもってくれる人」に、気持ちや心を向けやすくななります。

悪いところを直すために、怒りと恐怖をもって怒鳴っても、言われた人はなかなか変われません。

自分から「変わりたい」という気持ちをもつ必要があります。

 

愛する人のために自分を変えたい。期待に応えたい。

そのような気持ちが行動を変えます。

 

最後に、私が25歳の時に学んだ言葉を贈ります。

LOVE IS THE MOTIVE.(愛は動機)

 

 

 読んでくださった皆様に、祝福がありますように。感謝を込めて。

 

 

やすさと