妻のことが大好きすぎる夫のブログ

元・女性不信、現・極度の愛妻家が、自らの経験から得た夫婦円満のための工夫や方法をお伝えします。その他鍼灸情報や様々な経験を書いていく雑記ブログです。

【夫婦関係】パートナーへの思いやりを持つ方法。2つの考え方で伴侶とのトラブルを回避する。

こんにちは。やすさとです。

 

今日、妻と買い物に出かけることができました。

妻は一緒に物を見たり、捜したりすることが好きです。

新しいものを見つけると、本当に楽しそうに目をキラキラさせながら「これ見て!」と誘ってきます。

 

そんな妻と一緒に行動していると、よく感じることがあります。

それは「妻さんは血のつながっていない家族」だということ。

なぜなら、私が独身時代の血縁の家族との思い出に、そんな光景はないので。

 

結婚して6年目。いつも新しい風を吹き込んでくれる妻に感謝しています。

 

今回は、そんな妻を思いやる方法について私なりの方法を書いてみたいと思います。

 

 

思いやりについて

老々介護のイラスト(笑顔)

まずは、そもそも『思いやり』とは何なのかを調べてみました。

 

広辞苑より(一部抜粋)

思い遣り(おもい-やり)

①思いやること。想像。

②気のつくこと。思慮

③自分の身に比べて人の身について思うこと。相手の立場や気持ちを理解しようとする心。同情。

 

①はそのままですね。

③の「相手の立場や気持ちを理解しようとする心」というのが私にはしっくりきました。

 

 相手の気持ちを理解することではなく、理解ようとする心という部分です。

私が妻のことをいくら考えても、完全には理解できません

妻は30年以上、別の場所で、別の経験を積んで、別の人生を歩んできた人間です。

私は君の全てを理解しているよ!」なんて無理です

そんなことができるのは神様だけでしょう。

『私は妻の全てを理解してあげたい』と思う気持ちと、そこから生まれる行動が『思いやり』なのだと思います。

 

思いやり『クリスチャンの場合』

イエス・キリストの似顔絵イラスト

クリスチャンはイエス・キリストのことを心から愛しています。

イエス・キリストが救い主(神の子)だと信じているから、ということもあります。

しかし、それ以上にイエス・キリストが御自分の命を捨てるほど、私達を愛してくださったと信じているからだと思います。(十字架上のエピソードはご存じの方も多いかもしれません)

 

さて、では私が妻を思いやる事と、どの様に関係しているかというと、聖書の中にはこのような言葉があります。

 

新約聖書 マタイによる福音書25章34節~45節

 34そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。
35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、
36 裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
37 そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。
38 いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
39 また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
40 すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
41 それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使いたちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。
42 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、
43 旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
44 そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。

45 そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最もっとも小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。

(日本聖書協会 新約聖書 口語訳より)

 

長くて分かりにくいと思いますのでまとめますね。

この言葉は『誰かに対して、何か良いこと悪いことをするのは、すべてイエス・キリストに対して行ったことである』ということです。

 

私に例えるなら、妻のために愛を示せば、それはイエス・キリストに愛を示すことであり、

妻に対して暴力を振るえば、それはイエス・キリストに対して暴力を振るうことである。

ということです。

そのため、クリスチャンは全ての人を愛せるように努力します

(クリスチャンも不完全なので、完全には出来なくても努力をします。)

 

ただ、そこまで難しく考えなくても、

誰かに良いことをすれば愛する人が喜び、悪いことをすれば愛する人を悲しませる

というシンプルな考え方でいいと思います。

 

伴侶とのトラブルを回避する方法

離婚のイラスト「間に挟まれた子供」

さて、ようやく本題です。(すみません)

私の場合、最も愛するのがです。(人によっては、子供だったり、恋人だったりするかもしれません。)

妻を喜ばせるために必要不可欠なのが「思いやり」です。

そして、その思いやりは大きく示せるのが2つ『言葉』と『行い』です。

 

でも、この二つを妻に対して行うとき、失敗しやすい要素も多くあります。

私の場合は『考えなし』『思いつき』『興味本位の質問』『無知』などの要素を含んで『言動』したときに妻を悲しませてしまうことがあります。

例えばこの話がそうです。☟

www.lovetsuma.com

 

ここには妻が泣いてしまったケースが書かれています。良かったら読んでみてください。(ブログを始めて一週間の頃の記事で、非常に恥ずかしい記事です。)

 

この時は私が妻に意見を求められたとき、すぐに何も考えずアドバイスをしたところ、妻に泣かれてしまったという経験が書いてあります。

 

この時の経験から、私が気を付けていることはこの2つです。

トラブル回避の2つの考え方

①相手に言いたくなった(したくなった)時言わない(しない)』。

②相手に言わなければならないと感じた時は『言いたくなくても言う』。

です。

 

①には、まず傾聴する(よく話を聞く)事や、考えなしに発言しないことが含まれます。

言いたくなった」は感情が大きなウエイトを占めていますので、気持ちが先走っていることがよくあります。その為に口から出たのが不必要な言動だったり、良くない結果を招くことが多くあります。

 

②はその逆で、愛する人が明らかに道徳的に間違っていることを行っている、または行おうとしている時に使います。『言ったら嫌われるかもしれない。でも、言わなければ相手が間違った道に進むかもしれないので、言わなければ!』と感じる時に使うようにしています。

 

①に必要なのは、まず傾聴という『待ち』『タメ』の時間を作ること。

②に必要なのは『勇気』です。

共通するのは、少し『思慮と時間』が必要だということです。

 

しかし、ここで気を付けなくてはならないのは、『自分の方が正しい』と感じる、もしくは考えているなら、それは自分が言いたいことである場合が圧倒的に多いです。

それを口にしてしまうことは、モラルハラスメントになることが多々ありますので、十分に気を付ける必要があります。

自分が言いたいことを、思いのままに言うことは、決して思いやりではありません

 

思いやりには様々な形があると思います。

皆さんには、皆さんそれぞれのやり方があるはずです。

 

今回のメッセージが、今よりももっとパートナーへの思いやりを示すきっかけになりましたら、こんなに嬉しいことはありません。

 

 

読んでくださった皆様の祝福を心からお祈りしています。

 

やすさと