妻のことが大好きすぎる夫のブログ

元・女性不信、現・極度の愛妻家が、自らの経験から得た夫婦円満のための工夫や方法をお伝えします。その他鍼灸情報や様々な経験を書いていく雑記ブログです。

【夫婦関係】夫婦でも関係を築くためには忍耐が必要です

こんにちは、クリスチャンのやすさとです。

 

今回は、鍼灸師として従兄弟の施術をしている時に交わした、とある会話からお話したいと思います。

 

従兄弟との会話

話の前置きは省略するとして……

いとこ「いや、世の中の夫婦で結婚してから喧嘩せん夫婦なんてほとんどおらんけぇ」

 

私「あ、私。」

 

いとこ「あ、ほんまじゃ。でも、それはやすさと君がめちゃ我慢しとるじゃろ?」

 

私「ん?まぁね。」

 

 

我慢・忍耐は当然あります

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『夫婦で一度も喧嘩したことがない』私達ですが、それは世間的には結構珍しいようです。

たしかに、私の周りだけ見ても、かなりの回数の夫婦喧嘩を見てきました。

 

時には客人がいようがお構いなしで感情をぶつけ合うご夫婦や、窓全開で大声で怒鳴り合う夫婦など、その種類には枚挙にいとまがありません。

 

では、なぜ我が家は喧嘩をしないのか?

 

『愛している』ことは当然として。

 

それは『相手をいつも理解しようとしている、受け入れようとしている』からです。

 

恋は下心、愛は中心(なかごころ)なんていいますが、私は自分以上に妻を大切に思っています。

いつも妻を理解しようとしています。

 

そして、お付き合いしている段階で最初に気付いたことがありました。

それは『女性は繊細で傷つきやすい、我慢して無理をする傾向がある』ということです。

もちろん、全ての人がそうではないかもしれません。

しかし、私の妻は傷つきやすく繊細な心の持ち主でした。

そのことに気付いて以来、私ははじめに妻を『可能な限り傷つけない』事に目を向けました。

そして、そこから『可能な限り優しくする』に変わり、『どこまで大切にできるかが私の生涯の課題であり目標』に変わっていきました。

 

喧嘩の引き金になりやすいのは『会話』かもしれません。

ささいなことが、よく引き金になっている様です。

妻と話す時、気を付けなければいけないことは『自分とは話し方が違う』ということです。

妻が私に一番伝えたいことが、(会話の中で)思ったよりずっと後の方で来たり、そうかと思えば冒頭で伝えられたり。

その時の感情で話し方も話すリズムも変わるようです。

ですから、男性側が「はやく内容をはっきりさせろ」「何が言いたいんだよ」なんて思っていると、男性も女性もすぐにフラストレーションがたまるでしょう。

男性同士の会話だと、大切な事だけあっさりと話してしまう傾向もみられるので、女性との会話を同じように考えると、早い段階でストレスを感じると思います。

妻と話すときに必要なのは『傾聴』、そして『理解する気持ち』です。

 

クリスチャンとして

そしてもう一つ、クリスチャンとして意識している言葉があります。

聖書の中にはこのような言葉があります。

新約聖書 マタイによる福音書25章40節

『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』

同45節

『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』

 

この言葉は、妻・夫・子供・親・あらゆる人に対して、あなたが行ったことはイエス・キリストに行った事と同じだということです。

また、『行わなかった』ことも同様で、困っている時助けない、無視する、見捨てるなどもイエス・キリストに対して行わなかった事と同義だということです。

 

つまり、私が妻に対して行うことは、イエス・キリストに対して行うような心構えで接しなければならないという教えです。

 

クリスチャンである私が、イエス・キリストに対して怒鳴り、悪口を言い、喧嘩をしかけるでしょうか?

その様な状況は、まずありえないし、あってはならない事です。

 

つまり、私はこの聖書の言葉を意識しているので、妻に対する言葉が、妻を傷つけず、愛があり、幸せを感じられるものとなるように気を付けているのです。

そして、それは同じクリスチャンである妻も同様です。

だから、喧嘩が起こらないのです。

 

夫婦の意識している内容が一致していることで、不必要な衝突を回避しています。

 

強い関係は簡単に築くことは難しい

冒頭で従兄弟が私に言った「やすさと君がめっちゃ我慢しとるじゃろ?」という言葉。

あれは、半分正解ですが、半分は違います。

相手を理解するために、受け入れるために、最初のうちは忍耐が必要でした。

意見がすれ違う、行動や趣向が違う、食べるものが違う・・・

全く違う環境で育った二人が一緒に暮らすのですから、これらの事は起きて当然です。

更に、付け加えるなら

妻の言っている意味が解らない、行動への理解が難しい、考えてることが解らない…

そんなとき、『自分が彼女を理解できないストレス』がありました。

彼女の思考・言動が意味不明なのではなく、『彼女のことを理解できない自分の未熟さ』がストレスだったのです。

しかし、そんな未熟な私が『自分が彼女に言いたい・行いたい』をぐっと我慢して『待つ』、彼女の言動について『深く考える』を繰り返し、『理解できるまで忍耐する』ことで、後に私は妻のことをよく知ることができました。

 

妻の言動の意味がよく理解できるようになると、ストレスもなくなりました。

更に妻の言葉の持っている真意が、どれほど深く『私のことを考えて伝えられているか』が解るようになりました。

そして、少しずつ夫婦の間で絆と理解が深まっていきました。

 

最後に

前から歩いてくる人を見てすれ違うときには、相手を避けるのは意外と簡単です。

しかし、形に見えない言葉が交わされるとき、それに対応するには訓練が必要です。

 

愛する人と関係性を築く時、必要なのは

  • 愛すること
  • ほめること
  • 支持すること

です。そのためには忍耐も努力も必要です。

しかし、お互いに一致して、注げば注ぐだけ大きな喜びとなって返ってくるのが夫婦の愛です。

それは忍耐を上回るものです。

 

皆様が愛する人に対して、心からの愛を示されるとき、その愛が喜びとなるように心からお祈りしています。

 

読んでくださった皆様に感謝を込めて。

 

 

やすさと